スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --:-- [edit]

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

衝撃のダービー123~日本篇  

もういくつ寝るとお正月♪ならぬ日本ダービー。
近年はめっきり「1番人気馬が勝つ」イメージだが、昔は激走あり、波乱あり、番狂わせありで、予想的見地から見ても面白味のあるレースだった。曰く「最も運のある馬が勝つ」レースと言われていたことからも、オリンピックの魔物よろしく、ダービーの魔物なる物が確実に存在していたのである。
実際に日本ダービーを生で見たのは2002年からと個人的歴史は浅い。ただ、ダービー全史なるVHS全3巻は見て、第1回から全てのレースは一通りさらったつもりだ。そこで、昨年までの全73回のダービーの中で、さまざまな「衝撃」が生まれたダービー123を取り上げてみたい。

◆第3位
多分、今後破られないであろう記録が生まれた1996年、第63回ダービー。前馬未到の記録を打ちたてたのは、わずか2戦2勝のフサイチコンコルドである。父Caerleon、母バレークイーンの鹿毛馬で、栗東の小林稔厩舎所属であった。とにかく体調の弱い馬で、関東に輸送しようものならばすぐに熱発。使おうとしていたTRプリンシパルステークスも熱発の影響で回避せざるを得なく、一時はダービー出走も危ぶまれた(体調的にも賞金的にも)。しかし寸での所でダービー出走が叶う。もしかしたらこの時すでに、フサイチコンコルドはダービーの女神に見初められていたのかもしれない。


◆第2位
天馬vs貴公子に沸いた1976年、第43回ダービー。皐月賞では関西の雄、テンポイントを一蹴し、俄然勢いに乗るトウショウボーイ。一方、なんとか一矢報いたいテンポイント。しかし競馬はままならぬものである。完全決着が期待された中、優勝を盗んだのは伏兵クライムカイザーだった。父ヴェンチア、母クインアズマ、鞍上は策士・加賀武見。
圧倒的スピードで直線早くも先頭に立ったトウショウボーイ。ライバルと目されたテンポイントは馬群でもがいている。トウショウボーイが勝利を手中に収めたと思われたまさにその瞬間、加賀武見が動いた。ボーイが一息入れたのを見計らって、出し抜く感じで追い出したのである。虚を付かれたボーイの鞍上・池上。先手を取ったクライムカイザーは即座にボーイの前に進路を取り、そのまま押し切ったのだった。

トウショウボーイvsテンポイントの一騎打ちを期待したファンはさぞがっかりしただろうが、競馬の神様はちゃんと見抜いていたのか。最後の最後には、2頭による史上最高のマッチレースが用意されていたのである。

◆第1位
いまだ塗り替えられていないダービー(否八大競走含む)の単勝最高配当が打ちたてられた1949年、第16回ダービー。波乱の立役者は、23頭立て19番人気のタチカゼである。父プリメロ、母は第参パプースの岩手産馬。ダービーまで成績を7戦2勝。確かにダービー馬の成績としては物足りないか。ダービー当日はあまりの出来の悪さに、調教師が帰ってしまったというハプニングもあったほどで、周囲からはまるで期待されていなかった。それでも人気馬のボーンヘッドやその他諸々の展開の助けを借りて、単勝配当55430円(複勝9230円)の馬がダービーの大舞台を制覇するのだから分からない。3連単があったらドエライことになっていただろうな。タチカゼ=太刀風?まさに太刀筋が風を切り裂くがごとく、府中のターフを切り裂いたのだった。
tatikaze.jpg

何となく「人気馬が負けたから衝撃」というセレクトになってしまった。しかしただ捻くれているだけでなく、予定調和とも言える「ダービー1番人気優勝説」への、僕なりのアンチテーゼである。
今年も僕は、競馬の偶然性を求めてダービーを見に行く。そして多分肩を落として帰ってくることと思う。
スポンサーサイト

Posted on 01:43 [edit]

category: 競馬

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://keibajihen.blog10.fc2.com/tb.php/454-444d8f83
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ブログ内検索

カレンダー

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

過去記事

リンク

アクセスカウンター

私の本棚


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。